情報屋さん。
10/01/04/15:00|50 衝撃映像,
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* コメント 5
木造中心で耐震措置もなにもない時代だったからここまでの被害になったんだろうけど、それにしてもひどいな・・・
Posted by: 匿名さん。 | 2010年01月04日 19:04
凄い話だ、思い出したのが今は亡き父方の祖母が 当時栃木に住んでて、赤々と燃える東京が見えたと 聞いた事があります。
それにしてもリンク先の、コメント欄が酷い。
当時は、今でもそうだが。
地震に対する知識、パニックの2次災害誘発、木造家屋の 欠点など、ある意味人災だと感じた。
消火に専念してれば、また結果も変わっていた様に思う。
来るべき大震災も、備えとパニックだけは気をつけたい。
Posted by: 通りすがり | 2010年01月04日 20:35
震災あったとき、うちのおばあちゃんはまだ赤ちゃんだった。 家族は家からすぐに出て避難しようとしていた。 そこで、おばあちゃんの母親が 「あ、大変(おばあちゃん)家に忘れた!」 って慌てておばあちゃんを救出し、無事に避難したらしい。
ということを昔おばあちゃんから聞きました。
Posted by: 匿名さん。 | 2010年01月05日 09:38
火災が酷かったのは、木造家屋が多かった事も要因だけど お昼どきで昼食の準備のために火を使っていた家庭が多かったからとも。
この教訓が後に少しでも生かせますように。
Posted by: 匿名さん。 | 2010年01月05日 20:06
>※2
栃木在住の祖父(当時赤紙配達人)が、 「東京大空襲の時は真っ赤に燃える東京が見えた...」 と言ってたのを思い出したよ…。
Posted by: 匿名さん。 | 2010年01月05日 21:41
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