これは海外のゲームLSIの利用でしょう。
入力(パッド)と出力(RFモジュレータ)さえ作れば、何種類かの内蔵されたゲームが遊べる。そんなLSIが70年代後半はたくさんあったよ。
当時秋葉に行くとそんなLSIがたくさん売られていて自作する人も多かった。電子工作の雑誌にはよく記事がのってましたよ。
任天堂が凄いのは、液晶ゲームも含めて、ずっと家庭用電子ゲームと関わり続けけたこと。
当時ドンキーコングなどで持ってたゲーセン向けのスプライトやBGの技術を家庭用へ応用しようと考えたのはそれがあったからでしょう。
それをつかってSoCを設計したこと、6502を選択したこと、リコーに格安で量産させたこと、全てが通常ではありえない奇跡的なタイミングと判断だったと思う。
ATARI2600はヒントになったと思うけどね。